1. 興信所探偵
  2. 浮気不倫調査
  3. 浮気調査の面白話
  4. ≫不倫は文化から読み解くべき?不倫解剖論

不倫は文化から読み解くべき?不倫解剖論

2566_1

結婚制度が出来た当初から、人間は必ず婚外恋愛……つまり『不倫』を繰り返してきました。

それを言うなら「浮気」ではないのか?という意見もありそうですが、浮気というのは一時的に気持ちが逸れているだけに過ぎず、性欲や情動に結びついているため、動物学的解釈で簡単に説明できます。

一方で、恋愛感情が強い『不倫』が人間社会で起き続けているのは説明が難しくなります。第一、人間を動物として単純に見れば、性欲や情欲を解消するだけであれば、短期的な浮気に走った方が簡単です。

それでは、なぜ人は不倫を繰り返しているのでしょうか?

不倫は人間の社会性が生み出している?

浮気についての研究は、人類学や遺伝学、生物学、行動心理学などの様々な観点から行われ続けており、その正体も次第にはっきりとしつつあります。

ところが、これが男女の不倫、つまり本気の婚外恋愛となると激減します。

そこで、不倫について考えている人はいないのかと探してみると、不倫についての研究は個人の主観を踏まえたエッセイ、コラム、または文学作品になるほど圧倒的に数が増していきます。

不倫問題については、研究者よりも文化人ほど多く語っている……この現象は些細なものかもしれません。ただ、気になった私はさらに事実を掘り下げて調べた結果、不倫が科学で解明できない理由に付き合ったのです。

不倫は「文化」無しでは語れない?

かつて「不倫は文化」という言葉が某トレンディ俳優によって語られ流行語となりました。

これに反対する声はあるでしょう。しかし、不倫とは科学的に解明するよりも、文化的背景を元に説明したほうがしっくりくる言葉なのです。

自由文化からから生まれた「不倫」

そもそも、日本には「不倫」という言葉は、日本における非道徳的な行為をさす言葉でした。

人の道を逸れる「外道」や「非道」に近い意味で使われていた不倫でしたが、昭和に入ると、日本国内で「自由恋愛」に関する文化的運動が起こりはじめました。

この運動をけん引したのは、当時の文化人と言われる人々でした。彼らはかつての古典的な恋愛制度から、より自由で新しい恋愛の形に美意識を持ち始めます。

この運動の中で、小説家、戯曲作家として有名な三島由紀夫が既婚者の恋愛と破滅的な末路を描いた作品「美徳のよろめき」を発表。その中で主人公の行いを表現するにあたり、「人の道をはずれた恋愛」という意味で「よろめき」という言葉を当てはめました。

この小説は当時大ヒットし、人々の間で「よろめき」と言われる言葉が流行語となったのです。

その後、テレビドラマ「金曜日の妻たちへ」において「不倫」という言葉が大々的に使われはじめ、よろめきに代わって不倫が流行。結果的に現在の意味で使われる様になったのです。

つまり、某芸能人が言った「不倫は文化」というのは何も間違ってはいません。

不倫という言葉は、浮気よりも文化的意味合いが強いばかりか、言葉の発生源事態が、日本の文化的成長と切っても切り離せない関係にあるのです。

不倫を知ることは、恋愛文化を知ることに繋がる

「不倫」という言葉が流行した背景には、女性からの興味や関心の高さがあります。不倫を持てはやすのは男性ではありません。

不倫という言葉に常に敏感で、何かを考えを膨らませずにいられないのは、男性よりもむしろ女性です。

女性が不倫に強い興味を持ち続けているのは、不倫に対して「恋愛の自由」を垣間見るからでしょう。

そもそも、不倫と浮気の決定的違いは「本気の恋愛か否か」に集約されています。遊びなら浮気、本気なら不倫として解釈するのが一般的です。

婚姻関係にある女性にとって、不倫とは生涯に渡って「恋愛が出来る」自由を垣間見ることに他なりません。しかし、そう願う女性は多くとも、現実社会では一夫一妻制度が主流であり、恋愛の自由など認められません。だからこそ、不倫に対しては女性が強く関心を示しやすいのです。

また、流行は常に女性から生み出されるという意見もあります。テレビ業界などで制作側が最も意識するのがF1層(20~30代の女性)であることからも、文化や流行が女性を中心に動いていることが分るでしょう。

不倫は「恋愛の自由化」から生まれた現象である

不倫という言葉は、一夫一妻制度や、男性優位の妾制度などが当たり前だった古典的恋愛文化から、現在の様な自由恋愛文化を育む中で生まれた副産物だと言えます。

恋愛の自由とは、即ち個人の自由です。

恋愛はあくまで当事者間の問題であり、恋愛の在り方を常識や固定概念に当てはめること無く行うのが、真の意味での自由恋愛でしょう。現在は同性愛などについても認める動きが盛んになっていますが、自由恋愛かの動きが強まった当初は、そこまで多様化は進んでいませんでした。

当時の自由恋愛化の動きは、男性優位社会に対する反抗が主流でした。

男性が一夫多妻制にも似た妾制度を持つという、日本独自のメインカルチャー(主流文化)に対するカウンターカルチャー(反抗文化)として、不倫という言葉が自由恋愛の象徴の様に扱われていたのです。

もちろん、これを支持したのは女性達です。特に社会進出するだけの能力がありながら、男性優位の文化に虐げられてきた女性にとっては、不倫とは男性社会への反抗心の現れでもあったのです。

不倫は精神性が重要視される

男性社会への反抗心でありながら、やはり男性との恋愛におぼれてしまう・・・それが不倫の救いの無い部分でもあります。

ただ、不倫が浮気に比べて文化的要素が強い理由の一つとして、その救いの無さは欠かせない要素です。

不倫を不倫たらしめているのは、前述の通り「本気の婚外恋愛」という要素です。遊びではない分、そこには様々な葛藤が生まれるため、人間らしい精神の働きが発生します。

ゆえに、不倫は人の道をはずれながらも、人間を体現しているとも言えるため、フィクションやドラマにおいても描かれる程文化的要素の高い恋愛なのです。

しかし、文化的要素が高いもう一つの理由として、不倫が常に破滅的最後を迎えることも付け加えなくてはなりません。

不倫とは退廃の美でしかない

不倫がもっとも文化的な部分は、その多くが破滅的ラストを飾ることです。もちろん、中には幸せが最後を迎えることもあるでしょうが、不倫の多くがハッピーエンドとなっていたら、不倫は浮気と何ら変わらない動物的行為と見なされていたかもしれません。

「不倫」という言葉にトキメキを覚える女性が多いのは、結局の所は「敗退的な恋愛がしてみたい」というロマンがあるが故です。

それこそが不倫の文化性を高めているのですが、結局は悲劇の主人公になる道よりも、非文化的なありきたりの幸せの方が健康的なのは言うまでもありません。

また、自由恋愛かの流れが進めば、「不倫」という言葉に価値も無くなっていくでしょう。みなさんも一時の自由に身を任せず、本当の幸せが何かしっかりと考えて行動しましょう。

Pocket

色々な情報がありますのでお役立て下さい