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実在した伝説の名探偵、岩井三郎から学ぶ大正時代の浮気調査 その1

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名探偵は実在する……しかし、一体彼らがどんな調査をしていたのが、具体的な手掛かりを探すには過去の資料に頼るしかありません。

そこで調査を行った所、過去の探偵が一体どんな調査を行っていたのかを知るための重要な資料を発見しました。

資料の名は『魔境』著者は『私立探偵局長 岩井三郎』となっています。

実在した伝説の名探偵:岩井三郎

岩井三郎とは、日本で最も名の知られている探偵の一人であり、実在した名探偵としても知られています。過去に解決した事件は数千を超えており、その中には日本史を揺るがした大汚職事件「シーメンス事件」も含まれています。

この資料は岩井三郎氏が記し、大正11年1月30日内交されたものであり、その冒頭はこのようにして始まります。

 

”民間探偵として事に従ふことに三十年。この間取り扱いたる事件は数千を持って数えるべし”

”秘密は予の癖語にして又予の生命なり。ゆえに此れを公刊するにあたりては、その差支えなしとしえしたるものすら躊躇逡巡したり”

”社会の裏面の一端を披歴し。探偵応用の必要を世に紹介し、なお幾分の参考ともならば望外の幸いなり。一言陳してこれを序とす。大正一年伸秋 鎌倉の山荘にて 岩井三郎”

こうして伝説的な探偵の自叙伝はスタートを切ります。物語は幾つかの章に分かれており、その中で実際に岩井三郎が経験した調査の詳しい部分を伏せつつも、調査の方法や流れなどが記されています。

そこで、今回はこの書物をご紹介すると共に、かの偉大なる探偵がどの様にして調査を行いっていたのか?また、その具体的な手法について、現代の探偵と比較しながらご紹介させて頂きます。

 

気がかりな夫の素行

”上野の桜がちらほらと咲き初めた或る日、岩井探偵事務所に24~5歳ほどの婦人がやってくる。その服装から察するに、立派な紳士の婦人であることが岩井には伺えた”

岩井探偵長(岩井三郎)は第一応接室に婦人を通してから5分後、自ら面会を行いました。当時は現在の様に相談員を使うことなく、探偵が自ら依頼を聞いていたことが殆どだったのでしょう。

“「ご用件を承ります」と岩井氏が優しく言うと、婦人は「お恥ずかしいことですが、どうぞ一通りお聞かせ下さいませ」と、頬を染めながら口を切った”

 

依頼内容

婦人の依頼は案の定、夫の浮気調査だった。

婦人の夫は月に2度ほど東京から神戸まで出張に出向いており、去年までは2~3日の間に帰宅していた。

ところが、近頃になり10日~13日も滞在するようになったという。岩井氏がわけを聞くと、婦人は「私の考えでは何か隠しているに違いない、女関係か、あるいは普通の用事か交際か、それともよからぬことにあっているのか、兎に角滞在の日数の長くなった理由をお調べ願いたいのです」と申し出ました。

 

“「それについて、何か気が付いたことはありませんでしたか?例えば、ご主人の普段の行動というか、女性関係とかいうような点で・・・」

すると、婦人は「そのとおりです。調査の参考になるかはわかりませんが、一つ申し上げておくことがあります──私が今の夫と結婚してから丁度7年がたつのですが、まだ子供が一人も出来ていません。もう夫は子供の出来ないものと諦めて、近頃頻りに養子を探すこと言っておりました。どこの素性かよくわからない子供を一人貰いたいというんです。しかし、私としてまだ出産できない年でもないですし、今後もできないとは思ってませんので、夫の言葉に耳を貸すことはありませんでしたけど、あまりに夫の貰い子を急ぐのか、どうもおかしいのです。気にしすぎかもしれませんけど、もしかしたら、夫と関係している女に子供でも出来たんじゃないかとか、そんなことも考えられないことではないと思いまして」と、婦人はハンカチの端をいじりなが言う”

この依頼を受けた岩井三郎は2週間後に報告することを約束。さっそく調査を行うために一両日を経て神戸に向かった。ついに、○○会社佐々木(仮称)の探偵(調査)を開始したのである。

 

岩井三郎の調査開始

神戸における佐々木の宿は神戸一流の常盤華壇でした。

この店は神戸発祥の有名料理店、当時ではかなりの有名店でした。この店で佐々木氏はも若手の重役として非情に低調な対応を受けていましたが、佐々木は毎晩接待に応じており、常盤華壇で寝ることは殆ど無いことがわかりました。

この事が分かったあと、岩井氏は大阪出張所の部下と共に調査を行い、次第に歩みを勧めて行ったといいます。どうやら、大正時代当時も探偵社は日本全国に展開していたようです。

 

”佐々木が神戸に行く度に10日、12~3日と滞在するのも当たり前。彼は神戸で馴染んだ芸者・玉千代を落籍(芸子から引退)させ、芦屋(関西屈指の別荘地)に立派な妾宅を建てて住まわせていたのである。玉千代は22歳。顔もよく芸も達者で、神戸一流の流行芸者であり、しかも土地の某成金を馴染みの旦那にもっていた。

佐々木は彼女を手に入れるためにはその成金と争わなくてはならず、ついには勝利し、さっそく大金3万5千円(当時の5~7000万円程度)を支払い、土蔵付きの別荘をなんと新築で立ててしまった。そして玉千代は芸者をやめ、佐々木の妾としてその家に収まったのである。”

 

調査の結果わかったこの邸宅。芦屋という現在でも有名な高級住宅地が舞台となります。

また、この邸宅に住むのは女主人の玉千代女の他にも女中や下男、書生が住んでいる他、玉千代の母親もこの家に住んでいるというのだか、もはや玉千代の御殿と言っても過言ではないでしょう。

この豪華な邸宅を作り上げた佐々木は、神戸に出張するたびに泊まり込んでいたようです。当時は今よりも妾が公に認められていた時代だけに、その御所も派手となっていました。

また、この事実を聞いた夫人も現代とは違い、少しばかり冷静に描かれています。

 

”以上の事実を突き止め、岩井探偵長は東京に戻り、夫人の来訪を待った。佐々木夫人は約束の2週刊が立つのをまちかねたように事務所にやってくると、岩井探偵長から詳細な報告を聞いた。

はじめは流石に驚いた様子だったものの、怜悧の女性らしく「お蔭さまで夫の不審な行動の謎がとけました。ありがとうございます。ところで、相手の素性について調べていただけますでしょうか。もしかしたら、とんでもない毒女かもしれません。夫が今度どんなひどい目に遭はないものでもありませんので、このままでは棄てておけないのです。これは私のはしたない嫉妬ばかりではなく、家のためにも、夫の名誉のためにも、そういう女と長く関係を続けることはよろしくないと思いますので、どうかその女の素性を調べてはもらえないのでしょうか?」

この申し出に、岩井探偵長はうなずき。

「ご尤もです。あなたのお心持はよく分かりましたから、更に進んで取り調べてお知らせ致します」ときっぱりと誓った。”

 

こうして追加調査が入るのは現在でも変わりません。浮気調査を行う人の多くは、調査の結果分かった相手の素性を調べようと考えます。

こうした部分も大正時代から変わっていなかったというのは驚きですが、恐らく、この時代から探偵社のシステムが本格的の構築されてきたのでしょう。

そうした意味でも、岩井三郎探偵事務所は探偵の歴史の中でも重要な部分を占めていることが分かります。

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