実在した伝説の名探偵、岩井三郎から学ぶ大正時代の浮気調査 その2

日本に唯一実在したと言われている名探偵・岩三郎。彼の自伝は過去の名探偵が一体どんな事件に関わり、どの様な調査を行っていたのかを知る手がかりになります。

それと同時に、探偵を通してみる当時の人間のあり方を知るうえでも非常に重要な資料でしょう。

さて、時は大正時代。文明開化の音が消え、いよいよ日本という新たな時代がはじまり出したこの時代、名探偵岩井三郎がどのような活躍を行っていたのか、その一部を抜粋しながらご紹介させて頂きます。

女中に住み込む女探偵

大阪に到着した岩井氏は、その日の夕方にはすでに妾宅周辺の張り込みにつきました。

当時の張り込みは自動車を使用したことは殆ど無く、その全てが立張り(路肩に立って行う張り込み)であったと思われます。そのため、周囲の人間に気が付かれやすいからこそ入念な変装が必要となります。

この時も岩井三郎氏は鳥打帽をかぶり、商人風の身なりを整えていたようです。すると、妾宅から女中と仲介人であると思われる老婆が姿を現しました。

 

”鳥打帽に縞の羽織を着こみ商人を装っていた岩井氏は、つかつかとその二人連れに近づいて『もしもし、私はこの近くに住むものだが、あなたは佐々木さんへ女中をお世話なさるのですか?」と話しかけた。すると老婆は「そうですよ。佐々木さんで女中がほしいとおっしゃるので、この人をつれて行きましたけれども、上女中(女中の中でも家主に近い場所で働く役職)だからきれいな女で行儀作法も少しわきまえたものでなくてはいけないとのことで、今連れてかえるところなのです」と、連れの女に聞こえぬように小さく答えた”

 

当時の女中は仲介所から各家に手配する仕組みとなっていました。お屋敷ともなれば、女中を多く抱えるのは当たり前。現代のように家事が楽ではなかった時代だけに、家が大きくなればなるほど人手が必要でした。

この話を聞いた岩井三郎は、ここぞとばかりに話しを持ちかけます。

 

”「なるほど、実はお婆さん、私の家に頼って来ているあまり卑しくない小奇麗の女がいるが、今のお話しの上女中にはちょうど良いと思われるから、一つお世話して下さらないか。本人も大勢の家族があってゴタつく家はいやだから、どこか隠居所とか小勢の家とかに行きたいといっているし、丁度良いと思うのだが」”

 

こうして話はすすみ、岩井探偵長は佐々木の妾宅に一人女中を送る約束を取りまとめた。そして大阪の出張所に戻ると、かねてから女中住み込みに慣れた、はる子という女探偵を女中として送り込むことに成功した。

 

”潜入捜査を行うことになったはる子は、妾宅の中で見聞きした出来事を詳細に手紙にしたため、岩井探偵長のもとに送った。それによれば、妾宅の生活ぶりは非常に贅沢であり、三度の食事も一々両店から取り寄せる。大阪の三越や高島屋からは、ほぼ毎日のように誂物が来る。女主人は、まるで衣服を新調することを毎日の仕事としているかのように思われた”

 

妾宅の豪勢な生活ぶりがうかがえるが、ここで注目すべきははる子と、当時の潜入調査の手法です。

実は現代でも、こうして潜入調査を行う探偵事務所は幾つか存在します、方法は同じく、一般人を装って、比較的入りやすいアルバイトの面接などを受けたのち、そのまま会社の中に潜り込みます。

 

潜り込んだあとは、社内での様子などを詳細に記録しながら上司に報告を行います。報告は現代では電子メッセージが基本んですが、当時はそんなアイテムはなく、手紙を投函するか、もしくはなんらかの方法で仲間の探偵に渡していたのでしょう。

 

また、この時代からすでに探偵業界で女性が活躍していたう様子がうかがえます。

この時代、まだ職業婦人はとても限られたものでしたが、探偵はこうして潜入調査を行う時や、きっこみなどで女性の方が有利であることが多く、昔から女性が現場に出てシビアな仕事をこなしていたのです。

 

探偵長からの暗号手紙

”更に注意すべき報告が来た。それは『奥さんのお腹の具合で察すると、妊娠4~5か月位である」ということだ。その後間もなく、潜入中のはる子から、『今日奥様のお供をして大阪の産婦人科緒方病院に行きました。診察の模様をそっと聞き取りましたが、矢張り私の創造した如く、妊娠5か月との事でした」といって来た。”

 

ここまでは確かに依頼者の予想通りですが、その後さらに驚くべきことが判明します。

 

”また、はる子は妾宅に時々不審な電話が掛かることも報告した。初めの呼び出しは女の声だが、それが男の声に変わること、電話が掛かってくると、奥さんが慌てて近くに居る女中を遠ざけること。遠ざかった風をして、次の間で耳を聳てて聞いていると、奥さんの口調がいかにも甘ったれていて、話の相手が唯だ者でないらしいこと、ある時は何日、何時は都合が悪いから、何日何時にしてくれといったことなど、はる子は流石にその道の女らしく、急所云々を逃がさず掴んだ”

 

どうやらこの妾、なんと他にも男を作っていた様子。しかしはる子は潜入探偵の仕事をきっちりと果たし、その男と出会うタイミングを掴み岩井三郎に報告しました。

 

”翌朝、妾宅の女主人はいつもより早起きをし、寝入りに化粧をはじめる。いよいよ出かけるとおもうと、そこに一通の電報が入った。すると女主人は驚いたように「おや、藤間の旦那(いぜんの彼女の勤めていた芸者屋の主人)が急病だって。今朝久しぶりに芝居へでも行ってみようと思っていたのに、それどころじゃない。これからお見舞いにいかなくちゃ」と、半ば独り言のように言って、それから奥にことを告げると、女中たちに「もしかしたら徹夜の看病になるかもしれないから、十時になったら戸締りを厳重にして休むように」と言いつけ家を出た。

 

岩井三郎、尾行開始

張り込みの最中、探偵が感じるあの感覚は、どうやら当時も変わらなかったようです。

 

”朝のうちから張り込んでいた探偵は、それ出たと見るとにっこりと笑った。それは漁師が自分の張った網に大魚の入っているのを確かめた時のような得意と期待に輝くほほえみであった”

 

尾行や張り込みを駆使する素行調査は、ハンティングにも似た興奮を覚える探偵は多いです。その点はかの岩井三郎も同じようだったとみえます。

 

その後、妾の女は芦屋駅で記者にのり、神戸でおりるはずが、吉駅で下車。その後神戸とは反対方向の京都行の列車に急いで乗り込み京都に向かいます。

京とについた妾は「ほととぎす」という小料理亭兼旅館に入ります。

 

”生憎、その『ほととぎす』三間か四間しかない小亭である上に、一方が川に面して居るので、家に入ってからの彼女の動静を偵察するに頗る都合が悪い。流石の探偵も舌打ちをして眉をひそめた”

 

その後、探偵が双眼鏡を使って料亭を観察する姿が描かれています。

それによれば、どうやら料亭には若い男の姿があり、様子からして先に妾を待っていたのだとか。そのうちに日が暮れて夜になると、雨戸が閉まり中の様子が見えず、調査を中止。岩井氏も現場にかけつけ、翌日の調査に備えました。