日本でおきた重大ストーカー殺人事件とは

日本でかつて起きた重大なストーカー事件を覚えているでしょうか?私はこうした職業上、ストーカー関連の事件というのはどうしても忘れられないものが多く、いずれに事件に対しても細かい部分も覚えてしまっています。そうした記憶を紐解きながら、改めて各資料を眺めてみると、日本でおきた重大ストーカー事件の恐ろしさについて痛感せざるを得ませんが、同時に加害者の抱える心の闇にも着目すべき点が多いと実感します。そこで、今回は多くの方にストーカー事件に興味を持ってもらうためにも、日本で発生した重大ストーカー殺人事件についてご説明させて頂きます。

桶川ストーカー殺人事件

桶川ストーカー殺人事件は、日本のストーカー規制法を作る切っ掛けとなった最初の重大事件だ。

事件が発生したのは1999年10月26日午後0時55分頃。埼玉県桶川市のJR桶川駅西口前にあるスーパー脇の路上で自転車を止めようとしていた上尾市在住で、当時跡見学園女子大2年生だったS子さん(21歳)が男にナイフで左胸と脇腹を刺された。

S子さんは病院に運ばれたが、まもなく出血多量で死亡した。

当初、世間はこの犯行を通り魔的殺人だと見ていた。

1999年9月には池袋と下関の二か所で通り魔事件が発生しており、警察も当初は通り魔の線で操作していたという。

しかし、警察の調べにより、家族や友人からの聞き込みにより1人の容疑者が浮上。

その男は、以前に被害者のS子さんと交際していた元風俗店経営である小松和人(当時27歳)である。

 

史上初にして最も悪質なストーカー行為

 

小松がS子さんと知り合ったのはゲームセンターだった。

小松は自身を中古車販売店のディーラーと名乗り交際を開始。

小松は容姿も優れており、風俗経営で金銭的にも余裕もあった。

ブランド物の派手なバッグや身なりであったとされる。

しかし、交際してしばらくし、小松容疑者の支配的な性格を恐れたS子さんから別れを切り出されると、小松はストーカー行為に及びはじめた。

当時、日本ではストーカーの定義など無いに等しかったが、小松の行ったストーカー行為は、現在のストーカー行為の定義を作るうえではあまりにも残忍だ。

ストーキングは初めから被害者宅に訪れることからはじまった。

小松は兄とその仲間を加えた3人で被害者宅に出向き、被害者の母親を訪れる。

そこで、小松が会社の金を500万円横領したが、「その原因はお宅の娘にある」として、1時間以上にわたり詰め寄るが、父親が帰って来た所で見切りをつけ、一旦は引き下がった。

しかし、これではまだ終わらない。

小松は無言電話や自宅近辺を徘徊し、S子さんへのプレッシャーを強める。

一方、仲間たちは被害者の顔写真入りの悪質な誹謗中傷ビラを撒き、被害者の父親の勤務先には、父親を誹謗中傷するようの文章も送付された。

 

殺害の実行犯は金で雇われた男

日本で最初に起きたストーカー事件ながら、本件は非常に込み入った事件となっている。

通常のストーカー事件なら、個人の犯行におさまるのだが、桶川ストーカー殺人事件の場合、実行犯は小松の兄の部下である風俗店店長で元暴力団員の男(N)だ。

Nは依頼により2000万円(内、実際には1000万円をもらう)で被害者女性に重症を負わせる予定だった。

当初、小松達の計画では太ももを狙う予定だったという。

ところが、実際に犯行に及んだNは太ももではなく、上半身を狙って2か所刺す。

これにより、被害者は死亡した。しかし、当初から太ももを狙った犯行だったのかは疑問の声も残されている。

提示された金額2000万円にしても、一般女性の、しかも太ももを狙うだけとしてはあまりにも高額だという意見もある。

また、犯行のためにNはアリバイ工作までしている点も不審点が残る。

ただ、事件の首謀者であった小松は北海道で自殺。当のストーカー加害者は責任を問われることが無かった。

 

調査結果明らかになった警察の体制

 

内部調査を終えた埼玉県警の発表によって明らかになった尾上署のあまりにも自己中心的、かつ警察組織中心的行動は、その後のストーカー規制法を作る上での重要な踏み台となっている。

また、ストーカー被害者たちは、警察組織というものの本質を知る上でも、当時の尾上署の行った行為を知るべきかもしれない。

なお、以下の文章は全て2000年に警察が発表した『埼玉県桶川市における女子大生殺人事件をめぐる調査報告書』から抜粋している。

インターネット上には同報告書について殆ど残っていないため、この記事に記して保存することも目的とする。

 

最初の被害相談に対して「相手の男も一番燃え上がっているところだよ」と発言

 

平成11年6月14日、被害者の元交際相手ら3名が被害者の自宅に押し掛け、トラブル となった事案について、翌15日、被害者とその母親が相談のため上尾署を訪れた。

対 応した同署刑事第一課主任及び係員は、事情を聴取するとともに、被害者が持参した その際のやり取りを録音したテープの内容を確認した。

その結果、やり取りの中には「誠意を見せてくれればいい」などの文書はあるもの の、やり取りの内容を全体としてみれば、脅迫ないし恐喝と認めるには至らないと判 断し、その判断を被害者らに伝えた。

その上で、両捜査員は、今後何かあれば同係員 まで連絡されたい旨を伝え、その後も、今後の対応について、相手が贈った物を返せ と言っているのならそれを返す、嫌がらせ電話を防ぐために電話番号を変更する、市 役所などの市民相談で弁護士に相談する等の対策を助言した。

このような判断や対応 は、この時点のものとしては必ずしも不適切とは言えない。

ただ、この際のやり取りとして、被害者側は、捜査員から「相手の男も一番燃え上 がっているところだよ」、「民事のことに首を突っ込むと、こちらも困る」旨の発言 があったとしており、両捜査員の記憶は明確ではないものの、そのような趣旨の発言 を、被害者らが居合わせている場で、行ったことが認められるが、これらはトラブル の相談に来た被害者らの心情への配慮を欠くものであった。

しかし、捜査員の1名が 「これは恐喝だ」と述べ、もう1名の捜査員が「事件にならない」と述べたというよ うなやり取りはなかったことが確認された。

(同報告書より抜粋)

 

誹謗中傷ビラに対しても危機感を感じない

平成11年7月13日午前8時30分過ぎ、被害者の母親が、被害者に対する中傷ビラに よる名誉毀損の被害を申告するため、上尾署を訪れた。

応対した同署刑事第二課長 は、母親の「すぐ来てください」との訴えに対し、「すぐには行けない」、「家に帰 って待っていてください」と答え、簡単に事情を聴取しただけで母親を帰宅させた。

その後、刑事第二課係員A(以下「係員A」という)を含む課員2名は、午前11時15 分ころから、被害者の自宅付近の実況見分を実施した。

7月15日、被害者とその母親が上尾署を訪れ、刑事第二課長と係員Aが事情を聴取 した。

その際、被害者らは、元交際相手から何度も電話があり、無言電話もあるこ と、6月21日の深夜にも、元交際相手が車で被害者の自宅周辺を徘徊していたことな どを説明し、被害者とその家族の身辺に危害が及ぶ危険性があるので、「早く元交際 相手を捕まえてください」と訴えた。

これに対し、刑事第二課長は、被害者らの訴え の背景を踏み込んで聴取することもなく、「告訴がなれば動けない」、「嫁入り前の 娘さんだし、裁判になればいろいろなことを聞かれて、辛い目に遭うことがいっぱい ありますよ」、「告訴はテストが終わってからでもいいんじゃないですか」などと述 べ、被害者らが「告訴は今日ではだめなんですか」、「元交際相手と接触してくださ い。逮捕してください。家族に被害が及ぶのが怖い」、「覚悟はしてきているんで す」、「なぜ延ばすのか理解できません」などと述べたが、刑事第二課長は、テスト 期間終了後である7月22日に再度来るように申し向けた。

(同報告書より抜粋)

 

告訴の改竄

 

7月22日、被害者とその母親が約束どおり上尾署を訪れたが、刑事第二課長は、 「今日は事件があって担当者がいないので、また改めて来てもらえますか。電話で連 絡しますので」などと述べ、自ら事情聴取を行うなどの対応をせず、被害者らを帰宅 させた。

7月29日、被害者とその母親が改めて上尾署を訪れた。

この日は、刑事第二課の課 長、係員A及び別の係員が、被害者らから事情聴取を行った。

また、刑事第二課長 は、事前に自らワープロで作成していた告訴状を被害者に示し、署名を受け、告訴を 受理した。

「告訴取下げ」要請について 8月30日ないし31日ころ、刑事第二課長は、名誉毀損事件の関係書類について、上 尾署刑事・生活安全担当次長の決裁を受けた。

その際、同次長は、被害者不詳とされ た告訴状を見て、「被疑者が特定されていなければ、まず被害届を取り、それで捜査 を進め、被疑者を特定した時点で告訴状を取ってもよかった」などと発言したが、こ の発言は、告訴事件の受理に関し消極的な姿勢を示したものと認められる。

このこと がその後の刑事第二課長らによる告訴の不当な取扱いにつながったと認められ、不適 切であった。

この発言を聞いた刑事第二課長は、本件名誉毀損事件についても、被害者から被害 届の提出を受けてこれにより捜査をしていたこととすれば、告訴受理の事実を県警本 部に報告する義務を回避し、告訴事件としての迅速な事件処理の義務も免れることが できると考えた。

そして、9月初めころ、刑事第二課長は係員Aに対し、「こういう 場合は告訴でなく被害届でよかった。被害書を取ってきてくれ」と指示した。このよ うな刑事第二課長の判断は、極めて不当なものであった。

この指示を受けた係員Aは9月7日、被害者の自宅を訪れ、被害者から被害届の提出 を受けた。

さらに、9月21日、係員Aは、被害者の自宅を訪れて捜査状況を被害者の母親に連 絡した。

その際、係員Aは、「最近、変わったことはありませんか」と訪ね、母親が 「ここのところ静かです」と答えるなどのやり取りをした後に、「それでしたら、告 訴は一旦なかったことにしてもらえませんか」といった発言をした。

この係員Aの発 言は、既に受理された告訴の取消しを求めるという趣旨ではなく、そもそも告訴はな かったこととし、被害届によって捜査を進め、被害者が特定された後に告訴を受理することについて、同意を求める趣旨であった。

被害者の母親は、この発言を7月29日に受理された告訴を取り下げてほしいという。

要請であると理解して、「告訴を取り下げるんですか」と尋ね返し、取下げはできな い旨答えたところ、係員Aは「告訴状は犯人が捕まってからでも間に合います。ま た、簡単に出せますよ」などと答えた。

これに対し母親が、「告訴を出すまでにどれ ほど娘や家族が辛い目に遭ったか分かってください」、「捜査はしてくれないんです か」などと対応したため、係員Aは、「捜査は続けます」、「何かあったら連絡してください」と答えて退去した。

(同報告書より抜粋)

 

父親への「警察は忙しい」発言

 

8月24日、被害者とその両親が、父親の勤務先関係に郵送された中傷文書を持参し て上尾署を訪れ、刑事第二課長と係員Aが対応した。

この事情聴取の際、刑事第二課 長が被害者の父親に対し、中傷文書を見て「これはいい紙使ってますね。封筒に一つ ずつ切手が貼ってあり、費用がかかってますね。何人かでやったようです」などと述 べた。

これに対し、父親が、「何言ってるんですか。早く元交際相手に接触して捕ま えてください」と求めたところ、刑事第二課長は、「それはケースバイケースです よ。こういうのはじっくり捜査します。警察は忙しいんですよ」と答えた。 刑事第二課長による被害者及びその家族へのこれら一連の対応は、事態の重大性を 認識せず、告訴事件捜査の業務負担を回避しようという意識によるもので、被害者の 訴えに対する真摯な姿勢が全く欠如しており、極めて不適切であった。

 

告訴を受けた報告書を渡さない

 

本件名誉毀損事件の捜査については、平成11年7月13日以降、上尾署刑事第二課に おいて、告訴状の作成、被害者らからの事情聴取、被害者の元交際相手の所在捜査な どを行っていたものの、元交際相手の周辺者からの情報収集等の捜査は何ら実施され ていない。

さらに、刑事第二課長は、被害者からの告訴を7月29日に受理した後、1ヶ 月以上にわたり上司への報告をせず、8月末になって、ようやく告訴受理を報告し た。

また、警察本部に対しては、10月26日の殺人事件に至るまで、告訴受理の報告を しなかった。

これは、刑事第二課長が、本件名誉毀損事件の重大性の認識を欠き、他 事件の捜査を優先し、本件捜査を係員Aに任せて具体的な捜査を指示することもな く、捜査の進捗が極めて緩慢なまま放置したものであり、捜査指揮の在り方として極 めて不適切であるとともに、必要な報告を怠ったことも不適切であった。

 

聞き込みを行わず、さらに文章を偽造

 

また、平成11年7月15日に、被害者の母親が係員Aに対し、ビラを貼った犯人を目 撃したという付近住民の名前を連絡したにもかかわらず、係員Aはこのことを失念 し、この付近住民に対する事情聴衆を行わなかったが、これは不適切であった。

さらに、本件名誉毀損事件の捜査過程において、 ○ 係員Aは、8月3日ころ、実際には7月29日及び8月3日に被害者から録取した供述で あるにもかかわらず、これを7月30日の供述とする供述調書を作成し、9月7日ころ、 既に受理していた告訴を最初から受理していなかったことにするため、同供述書の記 載のうち、「告訴」を「届出」に変えるなどして、内容虚偽の供述調書を作成した。

7月13日発生の自宅付近等へのビラ貼り事案について、被害者の母親を立会人とし て実況見分を行った際、その場で母親が剥がした証拠物であるビラ8枚については、 既に同種のビラ多数の提出を受けていたため、これら新たに発見した8枚が証拠品と して必要であると考えず、母親に処分方を依頼したことから、これら8枚のビラが破 棄された。

このことにつき、 平成12年1月10日ころ、刑事第二課長、同課係長及び係員Aは、実際にはこれら8枚のビラを証拠品として領置していないのに、これを領置したとする平成11年7月13日付けの内容虚偽の領置調書を作成。

平成12年1月10日ころ、刑事第二課長、同課係長及び係員Aは、実際にはこれら8枚のビラを被害者の母親が破棄したにもかかわらず、自らがビラを領置した後に破棄したかのごとく記載した平成11年7月19日付けの内容虚偽の捜査報告書を作成し、 平成11年11月21日ころ、係員Aは、実際には同日ころ作成したにもかかわらず、8月19日付けの実況見分調書を作成し、平成12年1月10日ころ、刑事第二課長、同課係長及び係員Aは、同実況見分調書の記載のうち、これら8枚のビラに関し、実際は証 拠品として領置していないのに、これを領置したとする虚偽の内容を含む実況見分書 を作成し、平成12年1月10日ころ、刑事第二課長、同課係長及び係員Aは、実際にはこれら8 枚のビラを被害者の母親が破棄したにもかかわらず、母親がビラを警察に提出したと する虚偽の内容を含む1月10日付けの母親の供述調書を作成し、 ・ 平成12年1月10日ころ、刑事第二課長は、実際にはこれら8枚のビラを証拠品とし て領置していないのに、これを領置したなどとする虚偽の内容を含む平成11年11月29 日付けの捜査報告書を作成した といった捜査書類の取扱いについての違法な行為がなされた。これらは虚偽公文書作 成等の罪に当たる。

 

ずさんさ捜査と被害者をないがしろにする体質は根強い

 

被害者への適切な対応を怠り、調書などを改竄した上尾署刑事二課長、同係長、同課員の3人は懲戒免職となった。

他にも県警本部長を含め、12名に及ぶ処分者が出ている。

しかし、この事件から学んでいたはずの警察だが、平成16年に発生し、桶川ストーカー殺人と同じく女子大生が被害者となった小金井女子大生ストーカー殺人事件でも、被害者女性がその後警察の対応のずさんさ等に対する抗議ともとれる文章をメディアに公開している。

桶川ストーカー殺人事件からすでに17年。

普通なら過去を反省し、対応を改めるものだが、警察という組織はそう簡単に体質を変えることは出来ない。

規制法が改善され、専門部署も作られ、経費も億レベルで投じてはいるものの、いまだストーカー被害者への対応は冷たいものだ。

被害者は警察が簡単に動かないものだと頭におきながら行動すべきだろう。

これは組織に属する個人の問題ではない、組織全体がストーカー対策に積極的な姿勢を見せるまで、被害者はまだまだ警察だけでは安心して夜を過ごせない日が続く現実も見据えなければならないのである。