浮気はされた方が悪い?それともした方が悪い?

浮気をされた経験がある人なら、もしかしたら相手から『貴方が悪い!』という逆切れを受けた事があるかもしれません。

また、浮気をした経験がある人も、一度ぐらい相手から『浮気をした貴方が悪い!』と言われてしまった事があるでしょう。

しかし、この二つの主張はどちらが正しいのか?

今回は浮気の責任が誰にあるのかについて、みなさんと一緒に考えて行きたいと思います。

『浮気をした方が悪い』という主張

浮気はした方が悪い!という主張を唱える根拠は、浮気をする決定権は全て本人に委ねられているという主張です。

つまり、浮気をした人間は家庭や職場などに左右されず、その行動は全て意思に基づくものであるということ。

例え相手から浮気を誘われたとしても、それを断らなかった時点で、浮気をしたのは本人の意思であるということです。

この主張は恐らく一般論であり、反論する事自体人格を疑われるほど強力な主張ですし、犯罪を含めたありとあらゆる反社会的行為を裁く場合にも同様です。

しかし、犯罪においては、たとえ同じ犯行を行ったとしても、幼少期の環境や精神疾病の重さによっては減刑される事が多いのも事実。何がなんでも犯行を行った人間を極刑にしようという訳ではなく、本人の状態や環境によっては情緒酌量の余地を認めるのが日本人の特徴でもあります。

やはり犯罪にしても浮気にしても、罪を犯した人間を無罪放免とすることは、反社会的行為の増長を促してしまうため、容易にその罪を許すわけにはいかないでしょう。

 

『浮気はされた方が悪い!』という主張

浮気はされた方が悪い!という主張は、主に浮気をした人間やその仲間、家族から浮気被害者に対して発せられる言葉です。

正直に言えば、確かに浮気問題の場合、浮気をされた人間にまったく非が無い訳ではありません。夫や妻を大切にしなかったり、愛情を注がなかったのは浮気をされた方であり、自分は愛情を注がなかった相手が悪いという事です。

こうした論調は浮気問題になると必ず沸き起こってくるもので、とても良い気持ちのする発言ではありません。

 

一体何について争っているのか?

この二つの理論は一体何について争っているのかを理解するためには、それぞれの論が何を導き出しているのかを知らなくてはなりません。

例えば『浮気をした側が悪い』という論調では、浮気をされた事によって精神的損害を受けている事が前提ですから、被害を与えた人間=浮気をした本人が悪いことは明確です。

所が一方、『浮気をされた方が悪い』というのは、浮気によって受けた精神的損害はもちろんですが、配偶者を自分に引き付けておけなかった自分が悪いという事に論の基軸が置かれています。

つまり、全社は『浮気は悪である』という結論にたどり着くための理論で、後者は『浮気は悪であるが、その原因を作った人間が最も悪である』という因果律上の原因にたどり着くための論なのです。

後者の論は、よく事故原因解明のために使われるためのもので、本来の原因は一体何なのかを問うためのものですね。

しかし、後者の論は結局『浮気は悪である事はわかっているが、それをさせたものが最も悪い』という論に基づいているため、当然のごとく浮気をした本人も裁かれなくてはなりません。

この論を言い出す人間の大半は『自分は悪くはない』という前提のもと論を展開するため、その論に綻びが生まれてしまいます。

つまり、この二つの意見は結局何について争っているのかというと『一体だれが悪いのか?』という、しごく単純な責任のなすりつけ合いと言う訳です。

ただ、これが慰謝料などが掛かっていれば、どちらの主張を裁判官が取るかでその後の人生が大きく変わる可能性すら秘めていますから『どちらでも良いので、喧嘩両成敗だよ』というのは通用しなくなっていきます。

 

一体どちらが正しいのか

この二つの理論のどちらも正しくもあり間違ってもいます。

しかし、どちらか一方が正しいとするならば、それはどうしても前者の『浮気をした本人が悪い』という説に着地するほか無いでしょう。

なぜこのような結論になるのかというと、結局この2つの論は着地点を見る事が出来ないので、裁判などの公平な場所で裁判官にジャッジを仰がなくてはならないからです。

そのうえで有利な理論がどちらかといえば、やはり一般論に順次ており、被害者と加害者がよりはっきりとしている『浮気をした方が悪い』という主張でしょう。

後者の論も、DV被害があったり、相手の過去に浮気歴があれば主張が通る事があるでしょう。

しかし、もしも相手に目立った非が無い場合、そもそも『相手が悪い』ことを証明するだけの証拠を揃えるのが難しくなってしまいます。

一方、『浮気をした人間が悪い』という論の場合、浮気の証拠や、浮気によって受けた精神的障害を証明する診断書など提出する事によって共感を呼ぶ事が出来るため、自身の精神的損害を主張するのはそれほど難しくありません。

つまり、よほどの事が無ければ『浮気をさせた方が悪い』という論が通る事は無く、ほとんどただの言い訳として処理せれるか、もしくは反省の態度が無いとして、裁判官への印象が悪くなる可能性があります

 

浮気を許すとロクな事はない

この様に、『浮気をさせた方が悪い』という論は、一時的に相手に責任感を感じさせる事は可能ですが、いざ公平な場に立たされ、どちらが悪いのかを判断されるような場所になると徹底的に不利になります。

出来る事ならこの様な主張をはじめからして欲しくはありませんが、浮気をした側も『自分は正しいことをしている!』と激しい思い込みをしている場合がるので、もはや手に負え無い人だって居ます。

しかし、そんな無茶な発言をして貴方に浮気被害者に責任を負わせようとされたならば、まずは『夫婦は互いに愛し合い、共同で生活を行う義務がある事。その義務を怠り、一方的に愛情だけを求めて、結局浮気までした貴方が何を言っても言い訳にしか聞こえない』ぐらい言って黙らせてしまってもかまわないでしょう。

もしも自身が悪い事をしていなければ、何も非を感じる必要はありませんし、大抵は過去に何かあったとしても、浮気問題に関しては浮気をした本人が悪いとなるのが一般論。多くの味方が貴方に居ることを忘れてはなりません。

幾ら言っても浮気をされた貴方の事を責める人が居るとしたら、その意見をまともに聞く必要はありません。堂々と自分の主張を通してください。

 

まとめ

それにしても、本当にこのような無茶な発言をする人が多いので、浮気にまつわるトラブルが悪化し、不必要な裁判沙汰になりお互いが疲弊するだけで終わりやすいです。

もしもこれを読む人に浮気をしている人が居たとしたら、最低でも自分の非を認め、慰謝料なりをしっかり払い、後腐れなく去って頂きたいものです。