なぜ歴史上の有名人には浮気症の人間が多いのか?

探偵社が行う浮気調査は依頼者のために行うものなので、例え浮気の事実が発覚したとしても、その事実は依頼者にのみ伝えられます。

しかし、各種メディアは浮気の事実が判明した場合、多くの人間に一気に情報を拡散してしまうため、まるで有名人にばかり浮気が蔓延している様に見えるかもしれません。

ですが実際には、無名有名に関わらず、男性の浮気率は非常に高いものです。

しかし、なぜか多くの女性が浮気をしない男性を好み、男性からも浮気をしない誠実な男性が好まれつつある現代において、他人の評価がその後の人生を大きく左右するような社会的に重要なポジションにある人間が浮気を繰り返している現状があります。

普通に考えれば、社会的立場が上がれば上がるほど、小さなスキャンダル一つでそのポジションを維持できなくなる可能性があるのですから、浮気をしない人間、つまりスキャンダルの少ない人間ほど著名人に適しているはずですよね?

それでは、一体なぜ多くの著名人が、社会的に重要なポジションに立っていることを自覚しているにも関わらず、浮気というリスクを冒してしまうのでしょうか?今回はこの謎について考えてみたいと思います。

英雄色を好む訳

昔から『英雄色を好む』という言葉がありますが、武勇で名を馳せるような男性ほど、同じ様に異性へのアプローチも大変多く、多くの浮気を行ってきたとされています。

こうした事実があるため、「大物ほど浮気も多い」という男性への評価基準が定着し、今では「浮気は男の甲斐性」とまで言われうようになりました。

では、本当に歴史上の偉人達は、名を馳せてからも浮気をしていたのでしょうか?

 

浮気で有名な偉人達

アインシュタイン

アインシュタインは、相対性理論の発見で一躍時の人となった世界一有名な科学者です。

しかし、このアインシュタイン。物理学に生涯を捧げてきた変人で、色恋沙汰なんてまったく無さそうなイメージなのですが、実は浮気の後不倫関係にまで陥り、前の奥さんと離婚しているという修羅場を作った罪深い過去が……

しかも、その不倫の相手というのが、なんとアインシュタインの従兄というから驚きです。

確かに、従兄は親族の中で結婚ができることで知られていますが、何も従兄じゃなくても良かったのでは?

天才の考えることは誰にも予想できませんね。

 

ガンジー

『不服従、非暴力』のスローガンを掲げながら、仏教の教えを元にインド独立運動を導いた人物として知られています。

また、一般的には人格者としても知られており、多くの人々から尊敬を集めている偉大なるリーダーとしても有名でしょう。

ただし、このガンジーは生まれながらにして性欲が異常なまでに強く、何人もの奥さんを抱え、その下に多くの子供を作って居ます。

そんなエピソードとして有名なのが、ガンジーの父親が病に伏せた際のエピソード。

この時、ガンジーは他の家族と交代で父の介護をしていましたが、その最中にすら性欲の高まりを覚えてしまい、当時の妻と性行為を行ってしまいます。

しかし、2時間あまりの性行為の最中に父親は息を引き取ってしまったのだとか。

その後、ガンジーは自身の性欲の強さを苦に出家し、インド独立運動に貢献する偉大な宗教家に成長します。

しかし、晩年は若い女性と添い寝するのが習慣となり、ガンジーの弟や弟子からあからさまな非難をされていたようです。

 

伊藤博文

日本の初代内閣総理大臣で、明治維新の立役者であった伊藤博文ですが、日本の政治史上最もスキャンダルが多い人間としても知られています。

伊藤博文の女好きは、もはや当時の政界では誰もが知る話しだったらしく、伊藤博文自身も「良い家も、財産も要らないかが、仕事終わりの芸者遊びだけはやめられない」と公言して憚らなかったそうです。

さらに、伊藤は芸者好きが行き過ぎたせいで、初めの奥さんと離婚し、その後気に言っていた芸者と結婚。しかもその後も芸者遊びだけは止めず、奥さんも伊藤の女遊び好きには目をつぶり続けていた様です。

さらに伊藤博文の女好きを象徴する逸話として、「日本初のカーセックス経験者」という、なんともトンデモない話まで・・・・・・

実は当時の伊藤博文はその立場上、好き勝手に色街に繰り出す事が許されなかったため、色街の近くに馬車をとめ、その中に芸者を呼びよせて事に及んでいたのだとか。

日本の初代総理大臣がこんな人物だと思うと嘆かわしいですが、実は伊藤は当時の天皇に女遊びの件で忠告を受けてもいます。

この他にも、とにかく女遊びが激しい偉人は沢山居ますし、偉人になればなるほど、浮気のスケールも相当大きくなるのが特徴のようです。

つまり、スケールので大きな浮気をする人間は、スケールの大きな事をするという話の筋は、これら偉人達の女好きのせいであったのです。

昔は良くても今はだめ?

それでは、現在でも偉大な人間はどんどんと浮き名を流し、浮気に勤しむべきなのか?と言われると、少し違うような気がしますよね。

確かに、かつてはそういう豪傑さが許されてきたのは事実ですが、現代は浮気をよりリスク―な物と考える人間が増えてきているほか、女性の声も以前より大きくなったので、スキャンダルが漏れると内外からの批判の声は昔よりも遥かに力を増しています。

こんな状況で『浮気をするのが有名人の務め』とばかりにスキャンダルを流しても解くになるどころか、むしろまったくの逆効果。特に政治家の不倫スキャンダルも、場合によっては政権から引きずり降ろされる切り札に使われかねません。

つまり、時代は次第に人間に対してクリーンさを求めるようになってきており、昔の豪傑のような粗雑さは寧ろ批判の対象となりつつあるのです。

 

「リスクマネジメント」が出来る男性しか受け入れられなくなる?

男性にクリーンさを求められて来ている以上、男性自身の理想の男性像も以前とは大きく異なってきており、「浮気は男の甲斐性」という姿勢を若干『ダサイ』と感じる若者の方が多いかもしれません。

こうした流れが続いていけば、やがて男性も浮気をやめて、よりクリーンな人間を目指すようになるかもしれませんね。

しかし、まだまだ男性は粗野な生き物ですから、リスキーな浮気にも大変な魅力を感じ、パートナーである女性を無視して浮気を繰り返す人間も多いのかもしれません。